photo: Satoshi Nagano

まちの先輩3人目:大井知子さん(楽心堂本舗 取締役副社長/お供物落雁職人)

2016/10/23

ーー図書館・歴史資料館「ふくちのち」は、利用する人たちのさまざまな挑戦を応援する場所でありたい。そんな想いも込めて、すでにいろんな挑戦をされている“まちの先輩”に、活動のきっかけやエピソードをインタビューしていくコーナーです。

まちの先輩、第3回は楽心堂本舗の副社長を務める大井知子さん。福智町(旧金田町)に生まれた大井さんは、高校卒業後、ファッションデザイナーを目指して東京の文化服装学院へ進学し、都心でさまざまな職に就きそれぞれの世界を経験。その後、2年半前に楽心堂本舗を継承するため福智町へと戻った。

楽心堂本舗は、大井さんの母・哲子さんが2006年(平成18年)に開業し、弟・忠賢さんが3年前に株式会社として設立した。福智町を拠点に、干菓子「落雁」を用いて神様や仏様のお供物(くもつ)を製造、販売している。初年度は地元の寺院を中心に納めていたが、そこから口コミで評判が広がり、今では北海道から沖縄まで、全国のお客さんから注文が相次いでいるそうだ。最初に、楽心堂本舗で大井さんがはたらくまでの経緯を伺った。

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大井:5、6年ほど前から、母に「楽心堂本舗の仕事を手伝ってほしい」と言われていたのですが、その頃東京でやりたいことがあったので、母の仕事にあまり興味が持てずにいたんです。しかし東京での生活には自分で納得のいかない部分もあって。高校生のときに思い描いたような人生を歩めていないと感じたんです。たとえばテレビ番組の「情熱大陸」で取り上げられるような、自分の道に情熱を注ぎ、第一線でいつまでも生き生きはたらく人生。私も「第一線で活躍して、人に勇気を与えられるような存在になりたい」と思っていたんです。そんなとき「私の原点は何?」と見つめ直す機会があって。考えをめぐらせていくと、今まで都会でやりたい仕事をすることにこだわっていたけれど、生き生きした人生を送るのに「どこを拠点にするか、何をやるかは関係なく、すべて自分次第」と気がついたんです。そこから母の家業を弟とともに継承することを決め、福智町に帰ってきました。

そこからは怒涛の2年半でしたね……。コンサルティング会社に勤めていた弟からマーケティングにもとづいた運営を叩き込まれつつ、母からお供物づくりの技術を学ぶことに必死。そうして学んでいく中で、伝統的な技術、すばらしい日本の美を後世に伝えることの大切さを知り、「自分がその担い手のひとりなのだ」と真剣に今の仕事と向き合うようになりました。

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「落雁」とは、米粉に砂糖を加えたものを、型に入れて打ち出したお菓子のことだ。その製法は中国から伝来したと考えられており、江戸時代には贈答や茶会、お供え、おやつと幅広い用途で親しまれていたが、現在ではお供え用や、茶席の小さな としてつくられるのが主流になっている。
参考:著・中川圭子『事典 和菓子の世界』(岩波書店)2006年

大井:お供物をつくる工房は2つに分かれており、第一工房では、木型に粉を詰めて、型をカンカンと叩いて落雁を打ち出す作業をしています。第二工房では、お供物の完成図をもとに、落雁を一つひとつ図柄通りに並べ、その落雁を土台の芯に貼って、完成形のお供物=お華束(けそく)に仕上げます。ここではクリエイティブな仕事が好きで、地道な作業を楽しめる人たちが活躍しています。

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木型を叩いて、型から落雁を打ち出す

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落雁の表面に付着した余分な粉を筆で丁寧にはらう

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落雁を一つひとつ、図柄通りに土台へと貼っていく

大井:楽心堂本舗の職人は、漫画家や写真家、料理人など、過去にさまざまな経験をしているんです。もちろんみんなお供物づくりは初心者でしたが、ものづくりに携わっていた人が多いので黙々とつくり続ける力があり、この2年半で落雁職人としての修行を積んで、それぞれが能力を生かす仕事の仕方を身につけました。私も目の前のことだけではなく、周囲の人の個性を理解して仕事ができるようになり、チームとして成長してきた感じがありますね。

楽心堂本舗のお供物づくりの基礎を母が、弟はそれをほかの人でもつくれるようマニュアル化しました。落雁という古くからある文化を現代に合った形へと更新していくという意味で、私の中で母と弟は開拓者なんです。私は「母が開拓し、弟が広げてきたこと」を、より多くの方に知っていただき、喜んでいただくため、今まで自分がやってきたことを生かし、日々スタッフとともに修行を積んでいます。

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納品前の最終チェックは、すべて大井さんが行う

戦後から高度経済成長期へと時が経つにつれて、ライフスタイルの変化から伝統産業の需要低下が起こった。その結果、昭和54年には29万人近くいた伝統的工芸品産業の従事者数が、平成24年には4分の1以下の約7万人と大幅に減少。後継者不足の問題は深刻だ。
参考:(財)伝統的工芸品産業振興協会調べ

一方で近年、暮らしの中で扱うさまざまな“もの”の成り立ちに関心が集まり、3Dプリンターに代表されるデジタル機器の普及からも、広義の「ものづくり」に対する評価が高まりつつある。また、ものづくりの技術的な側面のほかに、つくる人たちの文化にフォーカスを当てるような流れもでてきた。お供物落雁職人として伝統と技を引き継ぎながらも、新しいお供物落雁、新しい“はたらき”を考える大井さんは、楽心堂本舗や福智町の今後についてどのように考えているのだろうか。

大井:「後世にお供物落雁を伝えていくこと」は結果であって、まず知っていただき、利用していただくことが大切です。お供物落雁を供えることは、もういなくなってしまった人を思い、先祖を敬うことです。その感情の行き先や風習を大事にする姿勢、日本の文化は忘れてはいけないものだと思います。古き良きもの“お供物落雁”を、現代のライフスタイルに合ったかたちでみなさまにご提案し、生活の一部にこの伝統を取り入れていただくことが私たちの使命だと感じています。

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大井:ふるさとである福智町から離れたくてたまらなかった私が、今度は自分で福智町に住むことを選んだ。それは私にとって、とても大きなことでした。一度離れることによって、まちに対して愛着のある自分に気づきましたし、福智町を良くしようと動いている同年代の人たちも見えてきて、私もこのまちで、できることをしたいと思えました。子どもたちが希望をもって、ワクワクするような夢をたくさん叶えられる、まちになるといいなと思います。「福智町出身であることに誰もが誇りをもてる」そんなまちにしていけたら最高ですね。

|インフォメーション|
楽心堂本舗
〒822-1201 福岡県田川郡福智町金田946
TEL:0947-22-7288 FAX:0947-22-7289
営業時間:9:00~18:00
定休日:土曜、日曜、祝祭日
http://www.rakushindo.jp/

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