photo: Satoshi Nagano

「ふくちのち」をあるく その1-田んぼのみかた

2016/11/16

これまでドローンを使って空から眺めてきた福智町。大きな地形の変化から地域の歴史や集落のまとまり、土地の使われ方を読み取ってきました。次は、実際に福智町を歩いてみましょう。誰でも見ることのできる地上の風景から、誰もが「いいな」と感じる風景をつくるための知恵「ふくちのち」を探ります。どんな「ふくちのち」が広がっているのでしょうか?

本間:次は福智町を実際に歩いて、ふくちの不思議を探してみました!
恵谷:私もはじめて福智町に行けて良かったです。
本間:はい! それから今回はたけやんに加えて、図書館司書で福智町出身の川嶋さん、設計チームのMUESUM・永江さん、カメラマンで田川市在住の長野さんも一緒に参加してくれました。
恵谷:ありがたかったですよね! いくつもの視点でまちを見ると、多様な姿が浮かび上がってくると実感しました。
本間:おもしろい発見がたくさんあったので、それを振り返りましょう!

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今回は福智町をたくさん歩きました! photo: Satoshi Nagano

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視点カメラを装着 photo: Satoshi Nagano

本間:今回のフィールドワークでは視点カメラをつけてみました。見ている視点をそのまま動画で撮影できる道具です!
恵谷:視点カメラをつけると、自分が何を見ていたか客観的に見られてしまうので、いつも緊張します。
本間:そういえば、惠谷さん、今回は田んぼの生きものをよく見ていましたよね。
恵谷:そうそう、福智町の田んぼにカブトエビがいたんです! カブトエビは農薬にとても弱いので、この田んぼは無農薬で栽培されているんだろうなとか、自家用のお米なのかなとかって思いながら見ていました。
本間:なるほど、カブトエビが多く棲息してるかどうかが田んぼの環境を知るバロメーターにもなっていたんですね! カブトエビ捕まえて何してるのかと思ったら!
恵谷:遊んでいたわけじゃないからね! では、この流れで、まずは福智町の暮らしの基盤になっている水田から見てみましょうか。

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つぶらな瞳のカブトエビを見つけたり photo: Satoshi Nagano

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石積みで築かれた棚田の畦道を歩いたり photo: Satoshi Nagano

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水路の構造を調べたりしました photo: Satoshi Nagano

本間:今回は旧方城町の上弁城と旧赤池町の市場という、水田がある2つの地域を歩きましたね。
恵谷:上弁城は傾斜地に階段状につくられた棚田で、市場は平地の圃場(ほじょう)整備がされた水田でした。2つの地域を歩いてその違いがよくわかったと思います!
本間:彦山川左岸の市場地区あたりには、古代律令国家が租税のために碁盤の目に耕地整理した「条里制」の区画が見受けられると、『赤池町史』(昭和52年、赤池町史編纂委員会)には書いてありましたが、今でも整然とした区画の田園が続いています。
恵谷:そうそう。平地で比較的広くて、区画をつくって水を引きやすい土地だっていうことが、行ってみるとよくわかったね!
本間:そういう条件に引き寄せられて古代に条里が敷かれた土地とも言えますよね! その古代の条里は一見すると残っていませんが、「五反畑」「五反裏」「三反畑」「九反坪」などという条里制に由来する地名がまだ残っているそうです。
恵谷:地名って本当に大切だね! 現代の圃場(ほじょう)整備は、石炭を採掘したことによって地面が陥没したりするので、その鉱害復旧事業の一環として行われたと聞きました。畔もコンクリートになっていたりとすごく機能的な水田で、それはつねに生産性の高い田んぼであり続けるための進化なんだなって改めて思いました。
本間:進化っていいですね! それから、このフィールドワークはちょうど6月末の田植えのあとに行っていたので、広い水田に雲や山並みがうつってすごくきれいでした。

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古代に条里が敷かれた土地 photo: Tomoki Homma

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コンクリート化された畦畔 photo: Tomoki Homma

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土の畦畔も残っています! photo: Tomoki Homma

本間:上弁城では、農業を営む永末大介さんからお話をお聞きすることもできましたね!
恵谷:すごく興味深いお話でした! 永末さんへのヒアリングから、上弁城の水田は、水源の違いから大きく2種類に分けられることがわかりました。ひとつは、弁城川に設けた井堰から引いてきた水を利用する田んぼ、もうひとつは久留守池などの溜池の水を用いる水田です。
本間:河川と溜池だと、水の質って変わってくるのでしょうか?
恵谷:水温が違うんですよ! 溜め池の水は貯留されている間にあたためられるけど、谷水など上流部の川の水は冷たいんです。
本間:水温が違うとお米の出来も変わってくるのですね。高い水温と低い水温でしたら、どちらの方が米づくりに適してるのでしょう?
恵谷:水温が低いと稲の根の発達や養分を吸収するのが抑えられて、生育・収量が低下してしまいますね。一方で水温が高いと土壌の温度も上がってくるので、稲の根が呼吸する邪魔をして老化を早めてしまいます。
本間:水温が高すぎても低くすぎても良くないのですね。谷の水は安定した水温を保つのが難しそうに思えますが、どのような工夫がされるのでしょうか?
恵谷:今回のフィールドワークでは見られなかったけど、谷の水を使う水田では、水をあたためる工夫が行われることがよくあります。例えば、幹線水路と田んぼの間に水がたまる場所を設けるとか、田んぼの隅に簡易的な小水路をつくってそこをぐるっと通して水を田んぼに入れるとかっていう工夫。
本間:なるほどー。谷水を田んぼに引き込むためには細やかな工夫が多そうですね! 谷水で育ったお米と、溜池の水で育ったお米とでは、同じ地域でも味に違いが出るかもしれないなと思いました。
恵谷:食べ比べてみたいね。米の品種だけじゃなくて、土や水利といったそれぞれの土地のもっている個性がお米の味を変えているって、自分の舌で確かめてみたい!

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上弁城の永末さんにお話をお聞きしました photo: Satoshi Nagano

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弁城川の井堰(左中央)から水路(右)に取水していく photo: Satoshi Nagano

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弁城川から引いた水で潤される水田 photo: Hiroko Edani

本間:圃場(ほじょう)整備された田んぼもそうですが、溜め池のほうが主幹となる水路から各田んぼに水を取り入れて、ツリー状の水路網に整備しやすいように思えます。
恵谷:溜池をつかう水利の方が水量が安定するので、計画的に整えやすいからだろうね。上弁城では、久留守池の水をつかう水田の方にだけ水利組合があるってお聞きしました。そういう組合があって農家さんたちがまとまりやすくて、しかも久留守池の水がかかる水田は面積も広いから、圃場(ほじょう)整備も進んでいるんだろうね。一方の弁城川の水をつかう水田はあまり大きく変わることなかったみたいで、昔ながらの曲線状の畦畔とか、畔に水路を設けて上の田から下の田に水を流す田越し灌漑が残っていたことに驚いたよ!
本間:昔ながらの灌漑の方法ですね!

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田越し灌漑の水路① photo: Hiroko Edani

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田越し灌漑の水路② photo: Hiroko Edani

本間:市場の水田でも、水をうまく分配する工夫がありましたね! 昔は木樋や竹樋で水を細かく行き渡らせていたのが、いまはコンクリートや塩ビといった素材に変わっていました。そういえば、上弁城では弁城川を塩ビ管がまたいでいました! 一体どんな状況なんでしょうか?
恵谷:右岸の水田の排水を塩ビ管で左岸側に流して、そこから水路で下流の水田に取水しているようですね。とてもアクロバティックな灌漑です!
本間:とても大胆なように見えて、実は田んぼ1枚1枚の細やかな地形の差を読み込んで水の流れをコントロールしているのですね!
恵谷:そうそう。土や水をあつかう農業の技術って、その場その場に合わせて臨機応変に対応できるもので、すごく柔軟でいいなあって思うよ!

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市場の水田で見られた水利の工夫 photo: Satoshi Nagano

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上弁城川を塩ビ菅でまたぐアクロバティックな灌漑方法 photo: Satoshi Nagano

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瑞々しい青田がゆるやかに続く福智町に残したい風景 photo: Satoshi Nagano

【その2】へ続く

本間智希
京都を拠点にフィールドワークをベースに活動するリサーチャー。静岡山奥の祖母の家に憧れつつ東京郊外の団地で育ち、早稲田大学で建築史を学び、京都で建築リサーチ集団RADに参画。最近では千年つづく村を歩きまわり、よくドローンを飛ばしている。いいタイルやトタンを見ると思わず触れてしまう。

惠谷浩子
奈良文化財研究所の研究員として文化的景観の研究に携わる。四万十川流域や宇治、京都岡崎をはじめとする全国各地の文化的景観の調査に没頭中。専門は造園学。自然と歴史のなかで育まれた土地独特の風土や知恵(美味しい食べ物含む)をこよなく愛する。

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