空から福智町をみてみよう その3

2016/09/07

福智町を空から眺めてみると、一体どんな姿に見えるのでしょうか? 3回目は、「無人航空機(ドローン)」を使って、町の大切な宝であり、国指定史跡になっている城山横穴群と、福岡県指定史跡の伊方古墳上空から町を眺め、どういう立地条件が古代からの営みに適していたのかを探ります。

本間:まずは、金田駅の南側にある城山の脇から飛ばした空から見た映像です!
恵谷:墳丘が12基、横穴墓が222基もある「城山横穴群」のある山ね。
本間:城山横穴群は6世紀前半頃から始まって、田川地域の中では最も古く、遠賀川流域で確認されている横穴墓でも最古の部類だそうですよ! 2014年には国指定史跡になりました。今は調査をした後に埋め戻して保護をしているので、木々に覆われた山のように見えます。
恵谷:飛び立つ時に見える岩盤がすごいね!
本間:平地にぽっかりと盛り上がった丘になっていて、南北に約360m、東西に約100m、標高21mから39mほどの細長い丘陵だそうです。
恵谷:ちょうど彦山川と中元寺川の合流地点近くにあるのね。(独)産業技術総合研究所が一般に公開している「地質図Navi」でこのあたりを見てみると、上流の田川市のほうから細長く伸びる堆積岩の丘陵の突端部なんだとよくわかります。
本間:丘陵頂部には中世に築かれた城郭もあったようです。
恵谷:昔の人たちも、地形や地質の転換点をうまく読み込んで、地域の大切なものを計画していたのね。
本間:遠くに見えるのが隣町の香春町にある香春岳ですね。一ノ岳と二ノ岳で石灰の採掘をしていて、一ノ岳の上部は採掘されて真っ平らになっています。
恵谷:地形の改変がダイナミックなのも、炭坑の町の特徴と言えるかもしれませんね。

恵谷:この細長い建物は何!?
本間:町営の団地ですね。
恵谷:一直線に並んでいて、廃線跡を再開発したトレインマンションみたいじゃない!?
本間:地上から見てもよくわからないのですが、空から見ると、なんだか不自然に細長く並んでいておもしろいですね。
恵谷:この団地から金田駅まで続く道のカーブ、明らかに鉄道のカーブじゃない?
本間:なるほど! たしかにそうかもしれません。彦山川の対岸の方城町、今の九州日立マクセル株式会社のある敷地には、もともと三菱の方城炭鉱があったそうです。1964(昭和39)年に閉山したのですが、その炭鉱から石炭を運び出すための引込線が金田駅まで延びていたことが、『方城町と炭鉱』(平成6年、方城町教育員会)に掲載されている「三菱方城鉱業所鉱区連絡図」(P.170)からもわかりますね。
恵谷:その引込線の跡が細長い土地となって残り、そこに細長い団地ができたわけね。
本間:筑豊地方は、もともと河港から舟運で石炭を湾まで出していましたが、鉄道網が整備されてからは徐々に石炭輸送路線が張り巡らされていったそうです。福智町の町内でも他にも引込線の痕跡があったりします。
恵谷:サイクリングロードとか?
本間:まさにそうですね。

恵谷:彦山川と中元寺川の合流点のあたりは川の氾濫原で、台風や大雨の時には水が氾濫したけれども、それによって肥沃な土壌になって、米づくりが行われていたんだろうね。
本間:氾濫原というのは肥沃になるんですか?
恵谷:川の氾濫によって栄養分を含んだ土がもたらされて、堆積していくからね。
本間:なるほど。だけど耕してもまた川が氾濫するかもしれなかったんでしょうね。
恵谷:恵みとリスクは常に表裏一体だったんだよね。弥生時代の人たちが、そうした沖積土の土地を選んで稲作を行っていたのもよくわかります。それが近代に入ると、お米よりも鉱物のほうが重要な資金源になったので、金田は米どころより中心市街地としての機能が強くなっていったのかもしれません。
本間:それまでは金田から離れた河港が物流の拠点として発展していたのですが、鉄道ができてからは駅前が発展していったのでしょうね。

恵谷:伊方古墳の上から飛ばしたの?
本間:はい! たけやんのお墨付きで、そんな機会は滅多にないから飛ばそうとなりました!
恵谷:プリンみたいだね~。
本間:伊方古墳はきれいな円の形をした円墳で、史跡として整備されているので、今回特別に登らせてもらって、とても気持ちが良かったです。
恵谷:道路に挟まれて、すごい残され方してるね。あ、すぐ近くにもう一つ小さい円墳がある!
本間:そうです。個人のお宅の庭先に円墳があるんです。いま空から眺めている住宅地が、旧伊方村のエリアになります。谷筋みたいなところにある街区で、集落内を歩いてみても、細かな地形が複雑に絡み合って、宅地の配置にも規則性が感じられないのが印象でした。彦山川に向かって地形が緩やかに下っています。それから、この住宅地が密集する谷筋の縁に道路が通っていて、小学校の方は高台にあります。
恵谷:舌状の河岸段丘があってエッヂに沿うように道が通っているのね。
本間:集落は段丘の中心ではなく縁に広がっていますね。
恵谷:やっぱり水の得やすさを考えると、段丘の中心部よりも地形が変わる境界部分に人が居を構えるんだろうね。この旧集落の北側にある整然とした住宅群は、もともとは炭坑住宅?
本間:そうですね。もとは炭坑住宅が同じように広がっていた住宅地に今では町営住宅が建ち並んでいるのですが、炭坑住宅の時の家並みや道の広さを思い起こすような住宅街ですね。
恵谷:隣には日立マルセルの敷地も見えて、炭坑の町の面影が空からも感じられる風景ね。

恵谷:低く飛ぶ映像で見てみると、けっこう集落内に傾斜があるのがわかるね。
本間:そうですね。旧伊方村は地形も宅地の配置も複雑なので、迷路みたいな路地空間で歩いてみて楽しかったです。旧集落の一番奥にあるのが伊方村の氏神さまの赤坂八幡宮ですね。ちょうど谷筋が始まる先端部の高いところに鎮守の森があります。こうやってみてみると、伊方村は福智町の中でもギュッとまとまりを感じさせる集落でした。
恵谷:彦山川に流れ込む学校の裏の川に面した段丘の端っこに伊方古墳が立地しているって感じかな。ただ、今の地形から見ると、少し奥まったところに古墳をつくっていて、なんとなく奥ゆかしい感じのする立地ね。
本間:伊方の旧集落も、地形に寄り添ってギュッと奥ゆかしい印象を受けました。6世紀末の古墳時代に築造された伊方古墳が立地していることも考えると、このあたりには古代から人の営みがあった地域なのでしょうね。

恵谷:空に飛んでみると地域的なまとまりは俯瞰できるんだけど、微地形を読み取るのが難しくなるね。
本間:そうなんですよね。空から見るとよくわかることと、実際に歩いてみないとわからないことがありますね。
恵谷:じゃあ次は、私も福智町に行ってみて、実際に町を歩いてみよう!

本間智希
京都を拠点にフィールドワークをベースに活動するリサーチャー。静岡山奥の祖母の家に憧れつつ東京郊外の団地で育ち、早稲田大学で建築史を学び、京都で建築リサーチ集団RADに参画。最近では千年つづく村を歩きまわり、よくドローンを飛ばしている。いいタイルやトタンを見ると思わず触れてしまう。

惠谷浩子
奈良文化財研究所の研究員として文化的景観の研究に携わる。四万十川流域や宇治、京都岡崎をはじめとする全国各地の文化的景観の調査に没頭中。専門は造園学。自然と歴史のなかで育まれた土地独特の風土や知恵(美味しい食べ物含む)をこよなく愛する。

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